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「解雇規制緩和」と「雇用の流動化」って同じなの?いや違います

私の持論ですが、「解雇規制緩和≒雇用の流動化である」

世の中では「解雇規制緩和」=「雇用の流動化」であると捉えている方が多いようです。解雇規制緩和の反対者は雇用の流動化にも反対であることも珍しくありません。

しかし私は、「解雇規制緩和」と「雇用の流動化」には本質的な思想上の違いがあると考えている。

①解雇規制緩和とは企業にとってのメリットである
 解雇権は企業にあるわけですから、解雇規制緩和は当然起業にとってその時の経済状況による解雇を容易する意味で非常にメリットがあります。つまり資本家、使用者にとっての利益としての政策です

②雇用の流動化は労働者にとってのメリットを含んでいる。
 「雇用の流動化」の意味するものは、自分に合わない職場や仕事内容を会社移動により変えやすいようにするという考えが根本にあると考えています。つまり銀行に務めたけど激務で向いてないしこれ以上無理と感じた人が、容易に別の会社に就職先を変えられるのが「雇用の流動化」です。
 
この2つは、同じようで実は使用者と労働者の立場から違うのです。
ですから、解雇規制緩和と雇用の流動化は別のアプローチが必要であると考えます。
 まず、雇用の流動化に必要なのは、転職市場の活性化と、採用過程における厳しい審査の緩和です。なぜ厳しい審査があるかと言えば、解雇規制があるため簡単にクビにできないからです。なので、雇用の流動化と解雇規制緩和は矛盾していませんし、目指す結果・政策的な結果は同じかもしれないです。
 ただ考えねばならないのは、それらを実現する新しい立法が労働者と使用者のどちらに優位な法律になるかということであり、簡単には決められません。
 

今現在批判の対象となっている「解雇規制緩和」は、企業寄りの政策であることが原因です。もちろん解雇しやすいことは企業にとって有利ですし利益も上げやすいです。つまり今は使用者側を重視した政策になっているのです。

 

一方「雇用の流動化」はどうでしょう。正社員は転職市場があるものの、なかなか転職しずらかったり、転職を重ねることが不利になります。そのように労働者にとって「雇用の流動化」はまだ不完全で、労働者が相対的に弱者です。

 

「雇用の流動化」の行き着く先はどこでしょうか?それは個人事業による契約と報酬のシステムだと思います。昨今話題になったノマドブーム、また個人で稼ぐような時代、そこで何が起こっているでしょうか?

 つまり「自分で自分を雇用する」です。仕事も自分で作り、あらゆる経営判断をするのです。

 

流動化しすぎた結果、会社では自分のやりたい仕事ができないし、才能を活かせない。そういう人達は挑戦するのが個人事業なり起業です。

現にアメリカでは雇用の流動化が進みすぎて、起業家が8人に1人はいるそうです。

 

アメリカの高校生が読んでいる起業の教科書

アメリカの高校生が読んでいる起業の教科書

 

 

このように考えると解雇規制緩和と雇用の流動化の議論を一緒にすることに問題があると考えます。

ですから、解雇規制緩和に反対でも、雇用の流動化に賛成という立場もあり得るわけです。

 

残りの問題は、文化的に、転職を受け入れ難い状況ですから、それは少しずつパラダイム(既成概念・常識)を変えていく必要があるのではないでしょうか。

最近読んでる本でこのようなことを考えた次第です

 

アメリカの高校生が読んでいる会計の教科書

アメリカの高校生が読んでいる会計の教科書