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結婚というイデオロギーもやがて崩壊していくのではないか

個人的にはそろそろ結婚というイデオロギーもやや崩壊していくのではないかと考えている。

結婚制度にどこまで合理性や利便性があるのかというと、それは自民党の大好きな「イエ制度」「子育て」「一族・社会」 といったものと密接に結びついてきた

むしろ、イエ、子育て、ムラなどを有効に機能させるためにいまの婚姻制度は存在してきたと思っている。

婚姻制度はすなわち一夫一婦制のことだ。 オス・メスのペアは

「生涯に一度」「結婚後は死ぬまで」

同一のパートナーとだけ性関係、生殖関係をつくるということが求められている。

これは実際はホモ・サピエンスに特有の生態行動であり、自然界を幅広く見て必然性のあるパターンではない。おなじ哺乳類の遺伝子近縁のゴリラやチンパンジーなどは乱交型・一夫多妻型だが、滅びてはおらず、彼らに最適な性関係パターンであるという研究著書もある。(ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙にしかしたのか』)

 この書籍では、進化において重要なファクターである生殖行動は、普遍的なパターンを必要とせず、種・あるいは文化によって限定的であるということを示した。  とはいえ、これは生物学的な議論なので規範的議論とは別であるとは思う。なにも社会は合理的である必要はない。

 しかし、現代においては生活形態、家族形態も大激変をし、ムラやイエなどというのは崩壊し、戻す必要性もあまりないと感じるだろう。ムラやイエで苦労してきたのは女性であるし、まあ男性も苦労はしたと思う。 まあ結局なんなのかというと、もはや子育てとかも家庭依存というのはどうなのかと思う。国や地方団体によって教育は公共サービスとして広くカバーされたほうが何かと便利だし、教育と子育てを家庭に丸投げしては少子化は止まりようもないし、なによりめちゃくちゃ大変だと言う風に思う。

 余剰労働力である高齢世代は、本来ならムラ・イエ制度のなかではサポートの側面を担っていた。しかしそういった共同体が解体したところでは、もはや他人でしかなく、経済的には『非効率』だと思うのだ。

 あと単純に、男のホモ・ソーシャルのほうが面白いとかあるし、あんま気を使いたくないでいろいろできるほうがいいというのも人によってはあるから、シェアハウス的に男ばっかで養子とって育てるとか、そういうのも無くはないんじゃないかとか思うわけです。性差による愛欲にドライブを任せてしまう制度は、仏教的に見ても煩悩ドリブンな人生はかなり不安定で、かといって離婚を制度的に縛るのもよくないと思いますね。

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)

文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫)