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無題

普通の人生というのがなんなのか、それが日本と海外ではぜんぜん違うだろうし狭いのかもしれないけれど。

自分の人生にとって大事なことはなんなのかはもう忘れた。大事だったことはすべて無くなったきがする。
だからこそ死んでもいいと思うわけだし、やり残したことや未練などもない。今日頭を撃ち抜かれても、それでも特に後悔はないだろう。

ならば自分は何によって生きるのか。なぜ生きなければならないのか。この苦痛に満ちている世界で、何が私を生きさせるに値するのだろうか?快楽?お金?女?食べ物?

いずれも別に死んだら関係ないし、いつか死ぬ人間にとっては一時しのぎの快楽、麻薬、覚醒剤となんら変わらない。

ならばそれでもなお私にとって価値のあることなどあろうか?まったく思いつかない。思いつかないのだから現状は無いのだろう。だからそれを探し続けるのか?それだけどんどん疲弊しているのを感じる。

僕は絵を書きたい。アニメや動画作品を作りたいとも思うが、それは人生ではない。

生きることに必要なことなんて、究極何も無いんだと思う。だから、アメーバだってゴキブリだって、家畜だって、生きることに何も悩んではいないのだ。

彼らは賢いのかバカなのか?彼らは世界を認識できず言葉で考えることもできないから、自分の存在や生きる意味について考えることができないくらい阿呆なのかもしれない。では地球上の大多数の人間も特に考えてなどいないのだから阿呆なのか?
阿呆でなきゃこの過酷な世界を生き残ることなどできないのだろうか

人生、ピストルで簡単に追われるのだし、実際そうしてる人もたくさんいる。だからなんだというのだ。寿命で死ぬこととピストルで死ぬことに大きな違いはあるだろうか?どっちにしろ死に、何も持っていくこともできないし、死んだ後のことなんかわからないのだ。