輪廻転生に関する諸論点

私がブッダの(大乗仏教の?)輪廻説を受け入れ難いと思う理由にはいくつかある。

それを書いてみる。

1.地球の中でのみ転生するのか?
 輪廻転生体験として話される逸話は基本的に地球上の過去の話しかされない。異なる惑星の命として存在していた記憶の体験談などはない。なぜ地球に限定される話なのか?

=>デマ、妄想だから、地球の歴史でしか語れない?記憶として勘違いされているだけで、実際は記録・テレビの放送内容などから作られた物語・デマである可能性がある。

2.生命個体の分割について
 生命の1個体の単位は恣意的である。人間を形成する細胞は一個一個が生命活動をしているため、本来生命は分解可能であると思われる。その場合、私という1個体の生命は見方によれば60兆個の生命となってしまう。では細胞一つ一つに「前世」なるものが存在し、細胞分裂によって増えるごとに生命は生まれては消えるのだろうか?

3.生命の個体数は増えているのに輪廻だと増えていかない

 輪廻を前提とした場合、歴史上のある時点と現在における生命の総個体数は一定でなければならない。しかしそれは到底考えられない。人間に限定した場合の輪廻の場合、人間の爆発的人口増加に輪廻説は耐えられない。過去の1個体が分割される場合や、無からあらたに魂が生成される場合なども考えられるが、それを証明するのは困難である。

また、無から生命が生成されるとした場合、輪廻転生説そのものの逸脱ケースとなってしまう。(輪廻転生は宇宙開闢からの生命創造を前提としている?)

 

 

 

 

ブッダたちの仏教 (ちくま新書)

ブッダたちの仏教 (ちくま新書)