感情という病1 (SF、短編、イントロのみ)

1. 感応

 地下500メートル。
 限られた人間しか知らない研究施設に、彼はいた。
 彼は広い部屋の中に閉じ込められ、まるで自由に暮らしているように見えた。しかし彼は普通とは違う、彼の望まない力があった。
 
 人間は感情を共感させることができる。しかしそれは言葉や表情を通してのみである。彼は、直接共感する。そして、直接他人と他人を繋ぐ。
 
 他人の感じている感情・感覚・痛み・喜び・悲しみ・涙
 
 それらすべてを、実際につなげてしまう。
 
 それはときおり、彼が無意識に「繋げたい」と感じた時に、彼の周囲にいる人間たちだけに起こる現象だった。
 
 
だがそれは凶器だった

ある日彼は、自殺する人間と周囲の人間をつなげてしまった。だから、彼の周囲の人間はみんな、彼一人を除いて自殺してしまったのだ。

その大量自殺事件は、表立って公表されることはなかった。しかし駆けつけた研究員によって、即座に彼は捉えられ、地下へと連れて行かれることになった。

彼を囲っていた施設は、人類の新しい感覚のメカニズムを明らかにしようとしていた。それによって、世界は破滅もするが、救われもする可能性がある、そういう技術だったのだ。

人間の「直接接続網(ダイレクト・リンク・ネットワーク)」

その可能性が研究されていた

その場合、人間は個体から群体へ、より高度な理性、道徳、感情、共感を獲得できると、研究者たちは考えていた。そのメンバーには、神経科学、生化学、遺伝子工学者、生態進化学、社会学、哲学、等様々なメンバーが所属しており、日夜その可能性と危険性について議論されていたのだ。

目下、人類は絶滅寸前だった。

なぜなら、2度の核戦争、生物テロ、局地紛争の頻発、秩序の失われた世界。

人口は10%に減少し、気候変動の急激な変化によって食料生産が激減、大気と放射能汚染による出生率の低下、平均寿命の大幅な減少

すべてはもはや避けられない運命であるかと思われた。もはや為す術はない。

技術的な復活したとしても、それは同じことの繰り返しですらある。

だからこそ、ここでの研究に、人類はその共感性を選んだのである。