短編「ある知人同士の会話」 作2008年8月

短編「ある知人同士の会話」
作2008 八月


序詩
『人が世界を語るのに、この世はあまりにも広すぎ、あまりにも人の時間は短い。未知は人知を飲み込み、世界はそれを沈黙によって答える』

 

 N氏はその日も日常と同じ生活をしていた。特に変わったことは無かったが、気分はいつもより悪くなかった。だがそういった気分の変動も毎度のことで、特に気になるようなことでもなかった。彼は彼の仕事に出かけ、彼の人生を生きていた。
 彼にとって人生はチャレンジの連続だった。今の仕事に就くのは子供の頃からの夢で、ずっと目指して努力してきた。決して平坦な道のりではなかったが、彼は信念を曲げずに彼の思い通りの夢を実現することができた。

 ある日彼は中学校の頃の友人Kに偶然会った。
「久しぶりだねN君、今は夢を実現してやりがいのある仕事についているそうじゃないか?調子はどうだい?」
彼は自らベラベラしゃべるような人間ではなかったが、特に急ぎでもなかったからKと少し会話をしてみることにした。と言っても、彼にとってKは長年会ったことも無い知人であったし、Kの良い噂を聞いてはいなかった。

「そうだね、いろいろあって一時はとても辛い時期もあったんだけど、今はとても充実しているよ。最近は大きなプロジェクトがあってそれが大変かな。でも、楽しいしやりがいがあるからいいんだ・・・・。」
そういいながらもKを観察していたが、どうもKは「普通」の感じではなかった。顔は整っていなかったし、まともな会社員のようでもなかった。衣服をみてもあまり世間体を気にしていないのがわかった。

「Kは元気にしてるかい?今は何をやっているんだい?」

「僕はなんでもないさ。僕は僕でしかないよ。でも、僕は本当に僕なのかな?」
『・・・・どういう意味だ?なんの話をしているんだろう?』Nは当惑したが、Kは特にふざけている様子でもなかった。

 

「僕はね、世界は作り物だと思うんだ。って言っても、神様が作ったとか人間が作った幻想だとかそういうものじゃない。でも、作られてるんだ。何かによってね。
君が今ある姿も、決して絶対君そのものでもないと思う。今生きてる君がしていることもやりがいも、全て君が今ここに生きているからなんだと思う。もし違う場所違うものになっていたら、それが人間だろうと宇宙人だろうと動物だろうと、君は違う有り様であったのは確実だと思う。それに、何が君の望ましい姿かも君が決めたわけじゃない。君は軍人になって国のために死ぬ英雄を望ましいと思うかい?」
「僕はそんなもの望まないよ。今はそんなの古いさ。戦争中の愛国主義者じゃあるまいし。」
「じゃあ、君がもしその戦争中の愛国主義者とやらだったらどうだろうか?」
「いや、でも僕は違うからわからないな・・でも、それに近い境遇だったら望んだかもしれない。」
「僕はね、君が今君でいることや欲していることや理想なんてものも全て作り物だと思うんだよ。もちろん僕たちはそういったものの中で生きているから幸せとか不幸とかが生まれて来るんだと思うけど。」
「どうもわからないな、僕は今の生活に満足だ。別だったらどうとか他の立場だったらとか、そういったことはどうでもいいと思うな。」
「僕はただ、僕が見てるものを話してみてるだけだよ。君がどうしようとそれは君の問題だからね。ただ、僕たちの本質はそれこそ自分の満足とはかけはなれたものかもしれないって思うんだよね。仕事での達成とか得た地位とか、そういったものは結局それこそ作られたもの、作られた願望、作られた感情・・・・・・なんていうかな・・・。つまり・・・作られているものの一部でしかないと思う。究極的には、僕らには作られていない部分なんてあるのだろうか?」
「君の話だと、結局全部作られてることになる。それは一体なんなんだい?一体誰によって作られてるんだい?第一、だったら本質なんて存在しないじゃないか。」
「作られてる・・・誰によってかなんてわからない。そこが不思議なんじゃないか・・?」

Nは、この話にも飽きてきていたので、もういい加減やめようとした。
 「K、君は本当に面白い奴だな。また暇つぶしにでもそういう話ができたらいいな。」
「そうかい?またいつでもいいさ。ただ、君はいつ本当の君になれるのかよく考えておいてほしいな。」
「わかったわかった。 Kも無事に生活しろよ」
そういって半ば侮蔑と込めてNは去った。

その後、二人は二度と会うことはなかった。Nは死ぬ前まで、それなりに彼の生に満足したようであった。Kは、その後は誰にも知られることはなかった。どこで何をしていたか、生きているのか死んでいるのかすら知っているものはいなかった。皆は彼の存在を忘れた。しかしそれもたいしたことではないだろう、いずれ皆忘れられていくのだから。
 KもNも彼の本質を生きたかどうか、それは死後の彼らにでも聞いてみるほか無いだろう。それができればの話ではある。