短編:「少年B」

少年Bは突然目が覚めた。
土の上だった。
立ち上がって周りを見渡すと、薄暗い夕焼けの中で廃墟が見えた。
ふと気づいた。

自分が誰なのかわからない。記憶がない。昨日何をしていたのかも、子供のころのことも、他人のことも、一切頭の中から思い出すことができない。

まるでいまさっき初めてこの世に産み落とされたかのような感覚である。赤子のように、何も記憶を持たなかった。

混乱しつつも歩き回り、廃墟の方角へと向かう。突如うしろから羽交い締めにされ身動きが取れなくなった。そのまま廃墟の中の薄暗い部屋に置いておかれた。

「お前は何者だ?武器も持たずにこんなところを歩いてるやつなんて見たこともない。誰かに襲われてすべて奪われたか?」

何語で話しているのかはわからなかったが、少年Bはその言葉を理解することができた。記憶は無くとも言葉を理解することはできたのだった。

「わからない。ついさっき、目が覚めた。自分がどこから来たのかもわからない。ここがどこかも。」

「ふん、変な奴め。ここはスカベンジャーの巣窟だ。うかつに近づくものはいない。俺らみたいに強盗をして生きている奴らだ。」


話を聞いていると、わかった。

ここの世界はすでに大規模な災害、戦争によって国家は消滅していた。それどころか銀河の重力干渉による大規模な天変地異、死者が蘇る悪魔の行進。そして大虐殺。

人間、そう、わたしも人間と呼ばれる者の一人らしいが、
人間はほとんど死んでしまった。いま残っている人間は以前の1%にも満たないという。

人類は絶滅しかけており、地球というこの場所ももはや生命の星ではなくなりかけていたのだ。

では、、、、

「では僕はなんなんだ?」
「なんにもわからない」

そして数十年が過ぎ、少年は老人になりかけていた。

 

「今思うと」

子供たちに向かって老人はゆっくりと話しだした。

「私はこの世界に作られたのかもしれない。急に、ある瞬間に、その瞬間に、存在が作られた。
 母親から生まれたわけではなく、その証拠に私にはへそが無い。
 なぜだかわからない。神様が私を無目的に生み出したのかもしれない。だが、わかるのは私が急に存在してしまったことだ。それもいまやもうこの世界は終わりかけている、その時に。」

何かを深く考えている様子で、そして頬に少し涙を浮かべていた。感動なのか、それとも悲哀なのか?それは子供たちが理解するにはまだまだ経験が足りないものだった。

「私はそれを見届けなくてはいけないのかもしれない。体は年老いている。しかし、不思議と感じる。私は死なないんだと。
 私の体は、何度か死にかけてもいつも大丈夫だった。いちど指が切断されたときも、、、蘇った。
 だから私は死なない。病気にもならぬ。
そしてこの世界に存在する理不尽さと、神というものがあれば、その意志を感じながら、残り少ない人間達を看取るのだ。これは苦痛であるが、私がそのあとに何かを為すのかもしれない。まだ私には何も神の声は聞こえないが、何かの意味が私の存在にはあるはずだ。そう信じたい。」


「故なく突然生まれ、死の世界を旅する老人だ」

その言葉はか弱く、諦めを含んでいるようにも聞こえた。

 

数千年後、氷に包まれた地球で、老人はただ一人氷河を歩いていた。どこへ向かうともなく、毅然と、何かを悟ったかのように。

「わかりました。ありがとうございました。やっと休めますね。」

そう呟くと、一瞬で老人の姿は消えた。

氷の惑星地球には、数千年前の廃墟と、まだわずかに生き残っている動物達が残されていた。